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【お墓と本】「遺言未満、」椎名誠さんがたどり着いた先は?

遺言未満、椎名誠

椎名誠さんの「遺言未満、」を読みました。世界の辺境をまわってきた椎名誠さんの視座から、「死」をめぐるさまざまな事象はどう映るのか、何を想いどんな遺言を遺すのでしょうか。「お墓」を考える上でも参考になる多くの気づきがありましたので、ご紹介します。

死生観をめぐっての旅、現場取材からみえたものとは…?

こんな記事

「遺言未満、」とは

近ごろ終活やエンディングノートへの関心が強いからなのか、こちらの本が目に飛び込んできました。

言未満、/椎名 誠 | 集英社の本 公式

まず写真とタイトルに惹かれ、そうしたら著者は椎名誠さんで、見れば2020年12月に出版されたノンフィクションエッセイでした。

遺言未満、/椎名 誠 | 集英社の本 公式

「ぼくなどはもうとうに”死亡適齢期”に入っていたのだ」。

お骨でできた仏像、葬祭業界の見本市、元路上生活者の人の共同墓、海洋散骨……。

超高齢化社会日本で白熱する「よき逝き方」をめぐる現場に、カメラを手に接近し考えた3年間の”エンディングノートをめぐる旅”。

世界中を旅してきたなかで、異なる習俗、宗教の向こう側の生と死を見、体感してきた。何度も死にそうな目にもあったけれど、今、初めて、本当に真剣に「自分の仕舞い方」と向き合ったシーナが見出した新たな命の風景とは――。

遺言未満、/椎名 誠 | 集英社の本 公式

椎名誠さんといえば、わたしの中では「旅する作家」のイメージでした。代表的なのはEDWINのCM。ジーンズを旗めかせながら白い馬で走る姿が印象的だったし、世界中を飛び回ってはのんびりビール(サントリー)を飲んでいる、とにかくカッコいい大人。

憧れるには歳が離れているのもあって、人物として把握はしてても著作もしっかり読んでおらず少し遠い存在だったのですが、勝手なものでこのテーマを見たら一気に距離が近づいてしまいました。

誰も真似できないオリジナルな生き方をされてきた椎名さんに、死とそれをとりまく世界がどのように映っているのか。旅は旅でも“エンディングノートをめぐる旅”ってどんなものなんだろう。興味は尽きません。

「青春と読書」2018年1月号〜2019年9月号への連載を加筆訂正し、書き下ろしにて2章分「遺言未満」「八丈島への旅」を加えています。コロナ禍以前に椎名さんが持っていた課題や想いがあるからこその現在の率直な言葉、書籍にまとめるのに時間がかかってしまった理由など、ありのままに綴られていました。

目次にもなっている17の旅(エッセイ)のなかから、特に印象的だったもの、お墓に通じるトピックをご紹介します。

お骨佛の壮大さを知る

「念願のお骨佛をおがみに」の項では、お骨佛(こつぶつ)についてよく知ることができました。

いわゆる日本のカロウト式のお墓に疑問を抱くという椎名さんが、お骨佛に興味を持った経緯から、実際に2017年6月に足を運んで見聞きしてきたことまでが綴られています。好奇心だけではなく問題意識が伴っている行動が素敵です。

お骨佛とはお骨でできた仏像のこと。大阪の天王寺区にある、浄土宗の一心寺では、約130年前から遺骨を集めて佛様をつくっているといいます。

一心寺 トップページ

お骨佛の活動の歴史や仕組み、想いの部分までを、的確な文章から知ることができました。椎名さんの視点からなぜ興味を持ったかという過程にも納得し共感もしますが、適度に聞きたいことを聞いてくれていて、読者目線もお持ちなのです。

わたしが驚いたのは、等身大よりすこし大きいくらいのお骨佛一体に、直近の佛様だと22万体が入っているということでした。希望者・依頼者からご遺骨を預かり、10年に一体のペースで完成しているというから、なんと壮大なことでしょうか。

遺骨をお墓に納める代わりにお骨佛になることを選択するのであれば、お墓を考えることとは決して無縁ではありません。社会課題を革新的に取り入れていらっしゃる一心寺の志にも感心しました。「年々増えるいっぽうなのが悩ましくもあります」といったご住職の本音も。

聞いたことはあったお骨佛ですが、情報はホームページで閲覧できても、どうやって知るかによって、解像度が格段に高まるものだと思いました。本書はその助けになります。

フットワークが軽い方は、椎名さんのように、どんなものか一度おがんでみたいと思うのではないでしょうか。

“血縁”より“つながり”を

「孤立死はいやだ」より。東京のかつての山谷地区(日雇い労働者が多く集まったドヤ街)を取材し、関連してNPO法人・山友会によって建てられたという共同墓を追うもので、とても考えさせられる内容でした。

ホームレスの人は死んだらどうなるのか。いやそれ以前のことも含め、自分の狭い世界の壁を壊すような問いが投げかけられます。

​特定非営利活動法人 山友会

現世で血縁には無縁であっても、死後にまで無縁仏とならないように。“血縁”より“つながり”を。山友会は2015年にクラウドファンティングを募り、浄土宗光照院(東京・台東区)に「元ホームレスの人の共同墓」を建てたそうです。

ホームレスのおじさんたちの気持ちに寄り添って尽力する方々の熱意が、共同墓というカタチに結実していることを初めて知りました。現在共同墓には10名の方が眠り、仲間が増えれば共同供養されていくそうです。墓参する仲間も多いといいますから、お墓のなかで孤独とは無縁になるわけです。

山友会の墓への納骨の場にも立ち会った椎名さんは、こう締めくくっていました。

人は孤立死、孤独死をとても辛いものと強く思っているものなのだ、とそれまでそういうことを考えたことのないぼくは墓という「死」の象徴的なものへの認識を寒さのなかで真剣に考えていたのだった。

「孤立死はいやだ」より

宗派、宗教を問わず、性別や関係も問わず受け入れる、お寺や霊園が増えてきているのは、多様性が叫ばれる時代における現象のように捉えてしまいがちでした。真に求められているお墓があることを教えていただきました。

鳥葬へのあこがれ

「鳥葬へのあこがれ」より。全世界を旅してきた椎名さんだからこそ実感を伴って語れるのが、世界各地での自然葬のあり方についてでした。

遺体をどう処理するかは多分に土地柄に左右され、そのことは宗教にも通じているわけです。古代から行われていた風葬や水葬といった自然葬だって、北極圏とアマゾン地帯ではそのやり方も捉え方もまったく異なるはずです。

なかでも世界的にもとりわけ珍しい鳥葬のお話は、奥様(作家・渡辺一江さん)がチベットで直接立ち会ったのだといいます。その全容は渡辺さんの著書(「わたしのチベット紀行」)に詳しいそうですが、椎名さんはそこに至る過程を理解した上で、端的でもかなりの強度で書かれていました。

標高4000m越えのチベットの鳥葬は、ハゲワシがものの一瞬でその役目をはたすそうですが、それは「施し」「奉仕」というチベット仏教の精神的教えがあるからだそうです。死者は「転生」が信じられているため、生きた痕跡は写真なども含め一切を無くしてしまうといいます。

椎名さんはそこに「あこがれ」のような感覚を抱いてしまうといい、また奥様はてっきり鳥葬を希望されると思っていたと明かしています。(椎名さんはご夫妻で「葬送の自由をすすめる会」に入っているそうで、お二人とも日本での散骨を希望されていることは別の章でも触れられています。)

これまで見当もつかなかった鳥葬が、現実のものとしてありありと浮かんでくると同時に、これは信心がないと相当にきついことだと感じました。精神と弔いが結びついているからこそ、文化として根づいているのです。

チベット高原の山々(イメージ)

まとめ

これらのほかにも「多死社会を迎えうつ葬祭業界」では「フューネラルビジネスフェア」を取材していたり、東京の「ハイテク納骨堂の周辺」をふらりと見学してみたり、日本の葬送事情を考察する視点も興味深く読みました。

これまでお墓関連の多くの書籍に目を通していますが、椎名誠という唯一無二の観点から近づくテーマには学び多く、驚きに満ちていたのです。ご自身は、本書についてこうも語っていらっしゃいます。

実際に取材活動をしてみると、実に様々な風習や戒律に触れて当方も腰を据えてじっくり取り組まないと、なまじっかなことでは入り込んだり理解することは難しかった。
(中略)そんなわけでぼくの取材者としては恐ろしく硬質なテーマであり、取り組んでみて各種手ごたえを感じた一冊である。

椎名誠 自著を語る

椎名さんをもってしても、ですか。よりご自身に寄ったことは、2016年の著書に詳しく書かれているそうなので後追いしようと思いますが、本書にはコロナを経て辿り着いた現在の心境が書かれている点で、どこかに共有できる感覚をもてるはずです。

椎名誠 『ぼくがいま、死について思うこと』 | 新潮社

そんなわけで「遺言未満、」は、すこしでも死や死後のことを考えるなら、参考にぜひおすすめしたいです。

個人的には、椎名誠という人物の魅力が凝縮されているようで、ご夫婦のありようもとても素敵で、すっかりファンになってしまいました。意味深なタイトルの読点「、」にもし続きがあるのなら、楽しみに待ちたいと思います。

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