【供養の基本】「供養」の正しい意味を知っていますか?

供養の意味知っていますか?

おはかんりで「供養のこと」を考えるのは、お墓と供養は切っても切り離せないものだから。

……と思ってはいるものの、あれ?「供養」の意味を説明できるかというと、自信がありません。「お墓参りは先祖供養!」なんて自分でも言ってるけど、何を指しているのか、行為と気持ちとが入り混じって、抽象的な概念としてふわふわしていました。

汎用性が高いのに、深く考えたことがありませんでした……。

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供養の語源、由来、意味

お墓の界隈でも頻繁につかわれる「供養」という言葉。はっきりと定義できないのに使ってはいけないですね。

まず意味を調べます。

くよう【供養】

[仏]三宝(仏・法・僧)または死者の霊に供物を捧げること。追善供養・施餓鬼供養・開眼供養などさまざまな種類がある。

広辞苑 第七版

広辞苑さん、意外とあっさりです。もう少し、情緒的なことも期待してしまいました。でも仏教用語だと分かりました。

日本大百科全書ニッポニカ(小学館)によれば、「供養」の原語として頻度の高いのはサンスクリット語の「プージャー」とのこと。「元来は、奉仕し尊敬心をもって仕えることをいったが、礼拝を意味する言葉となった」とあり、宗教とともに伝来した概念であるようです。

一方、仏教の教えである「供給資養(くきゅうしよう または きょうきゅうしよう)」の略語「供養」であるともいわれています。

「供給(=必要に応じて物を与えること)」に「資(=何かのもとになるもの)を養う」。

供えるためにその物を作ったり働いたりして、養っていくことでしょうか。供え捧げる精神が強く感じられます。

でも、養えるようになったら、自分も豊かになりますよね、きっと。つまりは、供養している側も、回り回って自らに資するものを養うことができ、物資面はもちろん心や精神も豊かになるのではないか、と。

供養はなんのためにするのか? そのヒントが「供給資養」にあるのではないでしょうか。

とはいえこの略語説は辞書などに載っておらず。一般的に「供養」に落ち着いた解釈として、こちらから。

くよう【供養】
仏前や死者の霊前に有形・無形の物を供え、加護を願い冥福を祈るための催事を行なうこと。

三省堂 新明解国語辞典 第七版

供え物をする行為に「無形の物」と「加護(=神仏が、その人を守り、危難から救うこと)」が加わり、「冥福(=死後の幸福)」とより具体的になっていて、なるほどと思わせます。霊的な神仏の力を信じたり、感じたりする、日本人的な「供養」の姿が見えてきました。(さすが考える辞書!)

小さな子にも説明できるように噛み砕きたいときは、わが家の強い味方「小学国語辞典」の登場です!

くよう【供養】(名詞)(する 動詞)
死んだ人や仏に物をそなえて、死後のしあわせをいのること。
例)先祖を供養する。

学研 新レインボー小学国語辞典(改訂第5版)

要点だけが、シンプルになりました。

さまざまな供養観

言葉の定義では、まだ足りないような気がしてしまいます。
「供養」にはもっと多様な意味や解釈があって、それぞれが目的に沿って、違和感なく受け容れられているからです。

供養とは生きているものが善行を積み、亡くなった方の冥福を祈ること

一般社団法人 全国優良石材店の会

「供養」とは、大切な対象を思う気持ち、感謝の気持ち。
そして、その対象を想いながら、過ごす過程のこと

供養の相談室(株式会社メモリアルスタイル)

供養とは、忘れないこと。

曹洞宗 曹洞禅ネット

おもだったものを探ってみましたが、もっともっとありそうです。特定の宗教がないなら、いいとこ取りをして解釈してしまう都合のよさは置いておいても、どれも納得できますよね。

戦争や地震、自然災害が多い日本では、犠牲者の追悼供養などの催しも、盛んに行われています。思いを寄せ、感謝し、忘れてはいけないことを「供養」することで、文化を継承してきたともいえそうです。

人だけではない、供養のかたち

供養の相手は人だけではありません。「もの」に思いを寄せることも、日本人の供養観に馴染んでいます。
9月4日、供養の日を推進する団体では、さまざまな業界団体が「供養」をキーワードに連携しています。

最近では「Twitter供養」なんてネットスラングも聞いたことがありす。SNS上に写真を上げて誰かに見てもらうことで、「報われないモノや思いを供養する、成仏させる」という意味合いですね。

意味は変容してきていても、多くの人が「供養」という言葉・行為を身近に感じ、それぞれに供養文化を継承しています。

モノへの供養でも共通するのは、「感謝」の心や、「忘れない」という気持ちではないでしょうか。

供養は、対話の時間

また、どんな供養にも共通するのが、供養する相手やものと、自分とがいることです。

もうこの世にいない相手、話せないモノと向き合って、祈ったり話しかけたり、感謝の気持ちを捧げたり。
その中身を知っているのは実は、この世に自分しかいないのですよね。

では、「供養する=自分自身との対話」とするのは、強引でしょうか? 相手や状況によって対話のテーマが変わってくるけれど、意識的に自分自身と向き合う時間をとる機会にもなりそうです。

現代の忙しい人には、「見えない相手のいるマインドフルネス」的なアプローチもよいかもしれませんね。自分自身との対話から問いが生まれ、答えを見つけてスッキリする、なんてこともありそうです。

少々暴走してきました……が、こんなふうに、「供養」の守備範囲は広く、応用も効く言葉ですね。

またこれは!という解釈があれば、ご紹介していきます。

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