「人は死んだらどこへ行くのかー」誰もが一度は考えたことがある問いではないでしょうか。増してやお墓に向き合うとなると、そこを避ける方が難しいかもしれません。
この世界には多くの宗教があって、死後の世界を説くものも多くあるそうですし、宗教、国や民族によっても死生観って大きく違いそうですよね。「死後の世界があるのなら」という観点から見つけた、一風変わった「しりあがり寿の死後の世界」をご紹介します。
「しりあがり寿の死後の世界」とは
「死後の世界」のガイドブック
2020年9月発売の書籍です。タイトルにもあるとおり漫画家のしりあがり寿さんが漫画パートを描いています。
生と死を見つめ続ける巨匠・しりあがり寿が古今東西の宗教などをもとに、独自の世界観で描く「死後の世界」。
本書 帯より
この本の特徴は、人類誰もが抱く「死」と「生」について、古今東西の宗教が長い年月をかけてたどり着いたもの、学者たちが紐解いてきたものなど10通りの「死後の世界」に、しりあがりワールドでライトに触れられる点でしょう。
宗教にも、哲学や研究にも、さまざまな背景はあれど、「死後の世界」だけにポイントを絞ったガイドブックとして、いいとこ取りしつつ、比較できるところが面白いのですね。
この本の構成
この本(漫画)は、第1章「伝統的宗教の死後の世界」、第2章「死者の書」、第3章「霊界の達人」から成ります。
それぞれが4項、3項、3項となっていて、計10通りの「死後の世界」や「死生観」をさらうような構成です。
メジャーからはじまり、どんどんニッチになっていくと言ってもよいかもしれません。知りたい順にどこからでも読むことができますし、間に文章による解説・コラムもあって、内容としても盛りだくさんです。
全体の案内人となる主人公は「瀕死のエッセイスト」です。しりあがり寿さんの過去作に出てきたキャラクターだそうなのですが、第一印象でもう(幸が薄そう…)な、いろいろと背負ってそうな、痩せこけた男性です。
このエッセイストさんが、病院のストレッチャーの上に横たわる自分自身を眺めるという、いわゆる臨死体験をしながら、大きな川の中洲にある「死後病棟」に迷い込んでいきます。
まず、しりあがり寿さんの漫画パートが、各節の冒頭にあります。
それぞれ7ページの漫画パートですが、その世界観への導入であり、独自の解釈がエンタメにもなっていて楽しめます。クセの強いタッチの絵やしゃべり、あくの強いキャラクター(その世界を代表する人物)が出てくるだけで、一瞬で掴まれてしまうのがすごいところです。
漫画の次には、解説文がきます。オカルト研究家・文筆家で”あの世研究”をされている寺井広樹さんによるもので、こちらもライトで読みやすい。読者目線であってフラットに、ときにご自身の感想も交えての紹介となっています。
各章の最後は、その章で紹介した各世界の「まとめと比較」が一覧になっていて、おさらいにぴったりです。
しりあがり寿さんと寺井広樹さんの共著に、宗教学者の島田裕巳さんが監修に入ることで、捉え方の難しい宗教観や死生観についても、ある程度の裏付けがあることがわかります。
4つの伝統的な宗教の死後の世界
瀕死のエッセイストさんが「死後の世界=死後病棟」に入っていき、まずは、世界三大宗教のキリスト教、イスラム教、仏教そして日本独自の思想である神道の、4つを紹介するのが、第1章です。
仏教
最初にノックするのが、日本人の多くにお馴染みの「仏教」の表札があるドアです。
出てきたのは、極道系のお釈迦様(?)で、初っ端から「死後の世界なんてあるかいな」と言われてしまいます。エッセイストさんは「あることにした方が頑張れる」と主張してみるのですが、徹底して「ない」と。「死んで何かに転生する、それが嫌なら解脱(げだつ)しかない」とのこと。
インドで生まれた仏教の元々の考え方は「輪廻転生」だったこと、中国に渡ってはじめて死後の世界観がつくられたこと、さらに日本に入ってきて特有の進化を遂げたことがわかります。
日本の仏教では、死んだあとはしばらく「中有、中陰」といった中途半端な状態に置かれるため、亡くなった人が極楽浄土に行けるように、親族による「追善供養」が重要視されることになります。
そもそもの「輪廻転生」の教えでは、人間以外の虫や動物に転生することがほとんどであることから、この世は「苦」とされていましたが、現代日本には仏式の葬式や年忌供養の文化が根づいていることからも、大きく変遷しているのだと分かりました。
キリスト教
「キリスト教」のドアに入ると、アダムとエバ(イブ)が、口論をしていました。「あのときお前がリンゴを食べなければ!」「ヘビのせいよ!」とか、世界で一番信じられているキリスト教の原点……? より漫画化。
楽園である「エデンの園」で、神に禁じられていた善悪を知る木の果実を口にしてしまった「原罪」をきっかけに、「死」が生まれたとされています。自分の罪深さを自覚したキリスト教徒は、罪をあがなうために、一般的な善行を積んだり、正しい信仰のもとに教会へ通ったりするのです。怠れば、死後に地獄に落ちてしまうから。
キリスト教における地獄、煉獄、天国の参考書として、中世イタリアの詩人・ダンテの『神曲』があげられ、解説されています。これだけとっても「死後の世界」がいかに壮大か、理解まではできなくてもその奥深さが伺えます。
イスラム教
「イスラム教」の扉の先は、砂漠になっていて、「死後の世界」は、なんだかシンプルなものでした。酒や乳の川が流れる天国がある一方で、あらゆるものが火に炙られる地獄があるといいます。
イスラム教では現世で酒を飲むことが禁じられていますが、天国に行けば飲み放題というのですね。信仰を貫いた者だけが行くことを許されます。
地獄は火に炙られるということから、イスラム教で死後の火葬はご法度なのだという根幹の教えがあるということもわかりました。
神道
大きな岩に塞がれた「神道」の部屋の中では、イザナギとイザナミ夫婦が、口論していましたよ。初詣でをしたことがあり、初日の出を拝んだことがあれば、もう神道の信者と認定されてしまうノリのよさもあり。
神道は「開祖も教義も教典もない、日本土着の不思議な宗教」で、ガラパゴス宗教と解説される由縁です。ですから、何事においても曖昧模糊。そもそも宗教ではないとも言われます。
地獄にあたるのが「黄泉の国」とされ、『古事記』での描写が紹介されています。また天国に当たるのが「常世の国」あるいは、神の住む場所とされる「高天原(たかまがはら)」などとされています。
人が死ぬと死者の魂は生きている人たちの近くに居続ける、といいます。最初は穢れを持つ「死霊」、子孫が祀ることで浄化されると「祖霊」となり、さらに浄化すると「氏神」になると。
「死後の世界」もはっきりとしないのが、神道の良いところでもあり、都合よく解釈する日本人らしいとも言えそうです。
死者の書
第2章は、前章よりもう少し絞りが効いて「死者の書」にフォーカス。古代エジプト「死者の書」、チベット仏教「死者の書」、日本版死者の書『往生要集』の3つを、いちから知ることができます。
古代エジプト「死者の書」
紀元前3千年から文字があったエジプト文明だからのこせた世界最古の「死者の書」は、ミイラとともに棺に納められた巻物のこと。200近くの呪文からなる、死後の世界の案内書のようなもので、当初は王の墓の内部や棺の中に書かれていましたが、やがてパピルス(紙)の普及とともに、一般人にも行き渡ったようです。
古代エジプトでは、死者は冥界で復活して、楽園のような来世に向かうとされましたが、その際に肉体が朽ちずに保たれていることが条件だったので、あわせてミイラ作りの技術が発達したそう。
死者の書に書かれている呪文は、神の意向に背くような罪は一切犯していないことを証明するという役割があったといいます。古代エジプトでも、はっきりとした死後の世界の共通認識があったことに、驚かされました。
チベット仏教「死者の書」
チベット仏教の「死者の書」は、原題「バルド・トドゥル」といって14世紀のチベットで広まります。「バルド」は「中間・途中」を、「トドゥル」は「耳で聞いて解脱する」という意味で、輪廻からの離脱を目指すための書だそうです。
チベット仏教の僧侶は、死者を解脱に導くために、死後49日間、耳元でバルド・トドゥルを唱えるのだそうです。
日本版死者の書『往生要集』
平安時代中期に天台宗僧侶の源信(942-1017)が著したとされる、極楽浄土への往生を説く、全3巻10章のマニュアル本。
死後に生まれ変わる6つの世界・六道から、地獄道の「八大地獄」の詳細解説にページを割いているのが特徴だそう。
①等活地獄 ②黒縄地獄 ③衆合地獄 ④叫喚地獄 ⑤大叫喚地獄 ⑥焦熱地獄 ⑦大焦熱地獄 ⑧阿鼻地獄(無間地獄)
書いているだけで嫌になってくる地獄の詳細が冒頭にあることが、善行へのモチベーションになるだろう、との解説に納得です。第2章以降は、極楽の楽しみや修行の仕方などの細かいマニュアルだそうなのですこしほっとしますが…。
霊界の達人
第3章では、さらに絞って、研究者による死後の世界研究の書の紹介です。それぞれの概要のみで。
スウェーデンボルグ『天界と地獄』『霊界日記』
スウェーデン出身の科学者・神学者・神秘主義思想家のエマニュエル・スウェーデンボルグ(1688-1772)が、自らの霊的体験をもとに研究し、天界と地獄の様子を記したのが『天界と地獄』『霊界日記』。
ワード『死後の世界』
英国人ジョン・セバスチャン・マーロー・ワード(1885-1949)が著した『死後の世界』(原題:『Gone West』)で、副題に「死後体験の3つの物語」とある通り、霊視能力、自動書記、霊魂遊離というワード自身の体験からの書。
出口王仁三郎『霊界物語』
新宗教「大本(おおもと)」の教祖・出口王仁三郎(おにさぶろう・1871-1948)が大正〜昭和初期に著した、全81巻・83冊から成る大長編作。睡眠から目覚めたあとのトランス状態での口述筆記によるものだそう。
「しりあがり寿の死後の世界」を読んで
各「死後の世界」への入り口として、触りだけかと思いきや、盛りだくさんの情報量でした。興味をひいたものを、より深く知りたいなら、そのヒントが散りばめられています。
第3章の霊界の達人たちの書になると、正直なところ想定の範疇を超えていまして、よくぞ簡易解説にまで落とし込んでくださいました、という感じ。でも徹底して「死ぬとどこへ行くのか」に焦点が充てられているので、とっかかりがあるんです。
分かったのは、世界中、古今東西の「死」や「死生観」は、本当にさまざま千差万別にあること。宗教や民族によって一定の方向性を示してはいても、最終的な解釈は個々人でしかできないだろうこと。科学で解明されてないですから。
お墓に直接つながる記述はあまりなかったものの、死後の世界を想像するヒントにはなりそうですし、会話のきっかけにもよいかもしれません。しりあがりワールドも十分楽しめます!