「ここが、お墓?」——ここを訪れる人はたいてい感じるはずです。

相模湾を臨む丘の上に立ち、吹き渡る風を感じてみると、お墓だから訪ねてみたのに、お墓であることを忘れてしまいます。
この場所がどうやって生まれたのかをもっと知りたくなり、「はなうたガーデン-伊東-」の開発責任者である鈴木喜美男さんにお話を伺いました。見学の日も案内いただきましたが、聞き足りないことばかりだったのです。
「はなうたガーデン-伊東-」がどんなお墓なのか詳しくは、「おはかを訪ねる」のレポートをぜひご覧ください。

お墓を語る人・鈴木喜美男さん

鈴木喜美男さん
東武緑地株式会社 /公益財団法人 千の花々メモリアルガーデン 理事。
1965年福島県生まれ。千葉大学園芸学部造園学科を卒業後、1987年東武緑地株式会社に入社。造園工事・ゴルフ場開発・フラワーパーク運営など「緑に関する事業」を40年近く従事。
2016年より元ゴルフ場の転用プロジェクトに着手。地主・社内・行政との折衝に奔走し、2024年、国立公園内国内初の大規模ガーデン葬霊園「はなうたガーデン-伊東-」を開業させた立役者。
千葉大学の園芸学部で造園を学んだ鈴木さんは、東武グループの中で「緑に関する業務」を一手に担う東武緑地株式会社に入社。造園工事、ゴルフ場の開発・運営、フラワーパーク事業と、「緑に関するあらゆる仕事」を約40年にわたり携わってきました。
「基本的に、うちは工事会社なんです。図面があって、計画書があって、それをこなすことが元々の仕事。もともと、新しいものをゼロから創造するという部署はなかったんですよ」
そんな会社で、ある日お墓を生み出すプロジェクトを任されることとなった鈴木さん。前例のない物語がはじまったのは2016年、そこから2024年の開園まで、どんな物語、そしてご苦労があったのでしょうか。
お墓の開発ストーリー
「無理」をひっくり返すところから
始まりは静岡県伊東市のゴルフ場を持つ地主さんから、敷地の一部を別業態に転用できないか、そんな打診があったそう。ゴルフ人口の減少とともに全国的にゴルフ場経営は厳しさを増し、維持管理もたいへんです。リゾートゴルフのメッカである伊東も例外ではないでしょう。
「『公園墓地として活用しては』というのは社長の発想でした。当時は納骨堂が注目を集め始めた頃、ペット霊園での成功事例とも重なって生まれたアイデアです。造園・芝生管理・フラワーパーク、東武緑地が培ってきた強みとの親和性も高い。とはいえこの企画は、社内で一度「無理」という結論が出ていたあとでした。
『なんでうちがお墓事業なの?』って、根本的に社内で疑念があったのは間違いないですね。社長の発想とはいえ、当時はうまくいく裏付けがなにもない。「無理」となってたのを、ひっくり返すっていう仕事でした」
前提を覆すところからという、新規事業開発の責任者としては逆境からのスタートでした。
「設計室も既成事実に即したものを描くことはできるんですけど、想像して新しいものを作り上げるということがなかなか経験できていなかった。企画書を作るところから、設計、実際の施工まで、全部うちの部署が絡んでやってるんですけど——スタッフにとってはほとんど未経験のことを、私が一緒に対応し、指導しながら作り上げていくっていうのが一番大変でしたけど、面白かったですね」
具体的にはどんな壁に直面したのでしょうか。
前例なき制度の壁——パズルのような折衝
遺骨を埋葬するお墓を作るのですから、元ゴルフ場の土地の用途を変更して墓地としての開発許可を得なくてはなりません。さらにそれ以前に、誰が主体となって土地を取得し、開発するのかという経営母体の話もあります。
「基本的に霊園を経営できるのは、地方公共団体または宗教法人、あるいは公益財団法人の三つしかありません。我々が選べる道は、公益財団法人を設立することでした。法人の目的は墓地運営ですから、典型的な鶏と卵なんですよ」
まずは2つの許可取得が必須です。ひとつは墓地埋葬法に基づく墓地としての経営許可(伊東市が交付)、もうひとつは公益財団法人としての公益認定(国から委託を受けた静岡県が交付)。両者は互いの許可を前提条件にしているという構造です。
「国は県と市がいいと言ったら出すことを前提に許可します。県は国と市が出したらオッケーという前提で許可します。市は県がオッケーを出したら……全部同じ構造なんです。最初の一手をなかなか決定できない」
鈴木さんは持ち前のチャレンジ精神と、行動力で東奔西走します。
「行政同士が直接やり取りすることはないので、それを我々が上手につなぐしかないんです。マニュアルがあるわけではないので、要求される資料をその都度精査して、他の申請に影響が出ないよう調整しながら提出していく。全部、パズルをはめていくような作業でした」
複雑な条件が絡み合い、多くの作業が並行する中、どうやって前に進み続けたのでしょうか。
「墓地埋葬法の申請は弁護士とお墓博士、公益認定は公認会計士、お墓の開発許可は専門コンサルタント。社内外のチームをまとめながら、同じ条件を共有して書類を整えていくっていう作業が必要になります。それをマネジメントしていくのが私の一番の仕事でした」
信頼できる専門家チームに対して、実働部隊は鈴木さんと新入社員の2人だったそうです。
「新入社員は変な色に染まってないので、私の指示がころころ変わっても、矛盾を感じながらも素直に必死にやってくれました」
2023年、ついに「公益財団法人千の花々メモリアルガーデン」の認定と墓地経営許可を2日の間に取得、工事が始まりました。

「ありえないこと」を認める力
「無理 」と感じた瞬間は幾度となくありました。社内稟議に1年、リゾートに霊園はそぐわないと考える地主さんの説得に2年、親会社の事前協議・承認に2年、そして行政との折衷に5年…といった具合です。
その都度周囲からの反対意見もあるなか、長い道のりを支えたのは昔お世話になったある人物から教わった言葉だそうです。
「世の中には『ありえないこと』が存在すると認めること」
幽霊やUFOのように、「ありえない」とされながらも存在するとされるものがある。マニュアルには載っていない事象が、世の中には確かにある。それを認めることで、逆に「できないことはない」という感覚を持って、自身を明るく、軽やかにすることができる——と、何度もこの言葉に立ち返っていたそうです。
はなうたガーデン-伊東-の誕生
これ以上のネーミングはない
公益財団法人の名は「千の花々メモリアルガーデン」でしたが、構想を練るうちに、施設の名称としては「はなうたガーデン」が浮上し、すぐさま商標をおさえたと言います。
「社内では法人名のままでいくだろうと思われていましたが、私としては変えたかったんです。“メモリアルガーデン”という言葉はどうしてもお墓が連想されます。お墓であることを前面に出さず、誰もが来られる場所にしたかったので。“はなうた”という言葉はいつの間にかみんなで、自然に決まっていったんですよね。これ以上のネーミングはないと思いましたね」
現地を歩けば、その感覚に納得です。緑と花に囲まれた丘では、風や鳥や波の音…自然の歌が聞こえてきます。
ガーデン設計では、東武緑地が造園・ゴルフ場・フラワーパークで積み上げてきた経験の真価が発揮されます。直線をなくし、地形の起伏を活かした曲線美。「歩いても疲れない。見え隠れする景色が感動と驚きにつながる」という設計の思想は、緑にまつわる事業を長年手がけてきた会社ならではのものです。


素敵な霊園を作ってくれてありがとう

こうして2024年9月21日、はなうたガーデン-伊東-は開園を迎えました。
「契約者の方から『こんな素敵な霊園を作ってくれて有難う』と言ってもらったのは、そりゃあ嬉しかったですね」
鈴木さんは開園当初からお客さまを案内し、イベントの日にはスタッフとして現場に立ちます。名刺も肩書きも出さずに、カートで来場者を送迎し、積極的に声をかけると素直な感想を聞けるのだそう。
「責任者ですって言ったら、きっと本音を言ってもらえないんです。だから、一スタッフとして接して聞く声が一番リアル。案内すると感動してくれるのが表情でもよく分かります。よく言われるのは、スタッフへの感謝なんです。『いつも気持ちよく声をかけてくれる、本当にいい場所です』って」
現地採用のスタッフたちに、特別な接客マニュアルはありません。
「採用する時点で前職からの経験を踏まえて、この人は接客、この人は現場と分けているだけ。あとは、この場所がそうさせてくれるんだと思います」

鈴木さんが描く、お墓の未来
理想形を求めて
現地を取材した際、若い草木の苗や株が育っていくガーデンの真価は3〜5年後だともおっしゃっていましたが、はなうたガーデン-伊東-の成長と理想形について改めて伺いました。
「理想形からはまだ25%、いやトータルの目標で言ったら20%にも達していないかもしれない。花が育てば完成じゃないんです。献花式やイベントも含めて、すべてが新しい中でみんなに共感されるものに作っていかなきゃいけない。地元からも親しまれて、定期的に皆さんが散歩できるような環境づくりも含めて最終形があるわけです。隣の小室山公園と連携するという予定もありますし、どれだけ人が来ても満足できる環境にするのが最終目標です」
伊豆地方一番のフラワーガーデンを目指す鈴木さんは、お墓としての満足度についても、施設全体のポテンシャルとともに、もっと高めていけると自信をのぞかせます。
「はなうたガーデン-伊東-には伸びしろしかないですね。お客さまからは評価をいただいているし、これからが楽しみだし、だからこそ大変だと思います」

お墓参りを義務ではなくレジャーに

鈴木さんが目指したのは、お墓を暗いものから明るいものに価値転換することでした。それは決して歴史やしきたりを否定するものではなく、時代変遷からの潮流なのだといいます。
「お墓参りを義務ではなくレジャーにする」——その意味で、伊東という立地はもちろんのこと、背景は鈴木さん自身の経験とも重なっていました。
⼦どもの頃のお墓参りは、義務を果たしたご褒美に遊びや⾷事というレジャーがあとから付いてくるものでした。行く目的そのものがレジャーとなる「はなうたガーデン-伊東-」とは、正反対かもしれません。
「お墓を守らなきゃいけない、墓参りは義務でやらなきゃいけない——そういう思い込みから解放される場所があるんだよということを、知ってほしいですよね」
これまでの常識ではありえないことも、事実として認めること。ご自身が実現した場所で証明しているのかもしれません。
最後に、鈴木さんご自身のお墓について伺ってみると——
「はなうたガーデン-伊東-の、ペットと一緒の区画に決めています」
と、3ヶ月前に家族になったばかりという仔猫・キンタローくんの写真を見せてくださいました。鈴木さんの想いが結実しているからこそ、迷うことはありませんよね。
「お墓を、自由で身近な存在にする。」——おはかんりのコンセプトとも重なり、多くの共通点が見つかった今回のインタビュー。その場所は、こんなにも長い道のりを経て生まれ、人の力が伴っているからこそなのだと、知ることができました。
私自身はまだ、お墓の形を決めていません。でも、この先ますます素敵な場所になるであろうガーデンを思い描いて、また訪れたい気持ちになりました。そしてもし、そこに大切な人が眠っていたら喜んでお墓参りもしたい。そう思える場所は決して多くないと思います。

